第15回サイバー歌会 歌評
38 蒼空はまさに開きぬ 早咲きの危ふき桜一本(ひともと)のため
「蒼空はまさに開きぬ」が、ああ、なんてぱーぁっと明るく壮大で気持ちいいんだろうと思いました。それを受ける下の句がちょっと小さく収まってしまったかなぁ、というような気がするのですが。(萱野芙蓉)「桜(花)」のお題で、「蒼空はまさに開きぬ」という逆転の発想、見立てが見事(僕なら、「蒼空」は「蒼穹」とします)。詠い出しとしてもすばらしく、一字空け無しで読み下したい一首です。ただ、「危ふき桜」というのがよくわからない。また、たとえ「危ふき」でなくても、ここに形容詞を持ってくるのは作者の思いが前面に出過ぎて逆効果では。単に、桜の名称(河津桜であるとか)や咲いている場所を具体的に提示するだけの方が凛と引き締まった作品になるように思いました。(伊波虎英)
「蒼空はまさに開きぬ」は、曇り空が割れて蒼い空があらわれたその時のことだと思いました。一本の桜のために空が開いたととらえる感覚に好感が持てます。「危ふき」という言葉がこの短歌の世界を小さくしているように感じました。(やすまる)
早咲きの桜を見守っている作者の感情が読む私にも伝わりよかったと思いました。一匹の迷える子羊を探しにいった羊飼いのお話も思い出し心なごみました。 (mohyo)
スケールの大きさは感じます。が、皆様と同じように。『危うき」が瑕になっ ているように思えます。(村田馨)
「蒼空はまさに開きぬ」の表現はすばらしいと思いました。ただ、「危ふき桜」の意味がよくわからなかったです。(瑞紀)
早咲きの桜のために蒼空がひらくという発想は感動的。文体に少し違和を感じますが作者の個性でしょう。(服部文子)