春日井建百首選(大塚寅彦選)
『青葦』
爾後父は雪嶺の雪つひにして語りあふべき時を失ふ
美しくあらねばむしろ廃市たれ風の乾ける駅を背にせり
雲の崖ゆ風なだれ来よ家毀す犯意にわれの革(あらたま)るべし
青嵐過ぎたり誰も知るなけむひとりの維新といふもあるべく
劇中劇のあやまちし間のごとくにも見つめ合ひ語らざりし終の日
父は背を向けて去りにき子の頬を平手うつべき朝なりしを
父三度祖父四度せし婚姻のさはれ切り落す桔梗の青
一瞬を捨つれば生涯を捨つること易からむ風に鳴る夜の河
まひるまに夢見る者は危しと砂巻きて吹く風の中に佇つ
住む場所のいづこにもなき悲しみに砂漠清しと言ひしロレンス
死ぬために命は生るる大洋の古代微笑のごときさざなみ