春日井建百首選(大塚寅彦選)

『井泉』

エロス――その弟的なる肉感のいつまでも地上にわれをとどめよ

片方は天使が引くとファウストは言へりもう一方の手もわれは知る

こころの悲(ひ)からだの患(かん)と分かちがたく今朝も白粥の椀を食(たう)べぬ

海境の青の潮(うしほ)を見てあればあしたのわれや常(とこ)をぐななる

夜見ののち恋慕のおもひいや増しぬわれはなべてにまつろはぬ者

薄雪は風に乗りつつ丈ながきながき白竜と化(な)りてなびける

向かひ合ふ少年の目は遥かなる草原の禾(のぎ)ほどにするどし

秋水とひびきあひつつ白月はひかりの髄となりてそそげる

月齢が欠けて行く日よ静けさを積む机(き)に母はまだ書きてゐる

(や)むといふ一語をおもふ火の息ののちのしじまに母は横たふ

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