春日井建百首選(大塚寅彦選)
『水の蔵』
物書くは返報とおもふわれのため晴夜暗夜を充たしめたまへ
鏡をば虚無の中枢に射し入れて星を得たりしエドモンド・ハレー
わが前の視野のかぎりの水の蔵ことばを収めただ鎮もれり
うち伏して寂けきものを起こし吹く風と葦との力学を愛づ
憂鬱(メランコリー)の言葉呑みたるくちなはの苦しむならむ月下に垂れて
されどわれ精神(こころ)と肉と分かつすべ知らず柑橘の香りを好む
よろひゐる甲羅のうちら柔らかき定理(テオレマ)われはつくづくと知る
壮年にしづかに兆す悲しみやある日の風はわが肩ゆ立つ
母が起きわれは眠らなあかときの厨に塩の大き壷冷ゆ