2011年5月1日(長谷川径子)
[中部短歌]4月号と、[短歌研究]5月号(現代の96人)より
[中部短歌]より花の歌
うかうかと開きはしない冬の花ゆっくり解け水仙となる 森治子
雪中花とも称される日本水仙、うかうかと開きはしないに惹かれた。水仙の咲くのを待ちに待つ愉しさを感じる。
赤いワビスケ暗くって赤いサザンカあかるくて 前者が好きだ 宇都宮勝洋
赤い、赤い、明るいのあ音が伸びやかで、前者が好きだと言えば、ワビスケやサザンカが人格を持っているように思えてくる。
かつて此処に独りの媼の住まひけり新しき家にパンジー笑ふ 玉田成子
媼の家は壊されて新しい家にパンジーが咲く。パンジー笑ふが切ない。独りは一人とは違うのだ。
花の名は梅に桜にチューリップのみ知る夫「あっチューリップ」 堀端英子
「あっチューリップ」のフレーズが明るい。力強い。そして、微笑ましい。
[短歌研究]より東北大震災の歌
原子力は魔女ではないが彼女とは疲れる(運命とたたかふみたいに) 岡井隆
魔女ではないがと、魔女を出して否定するという婉曲な言い方、運命とたたかふを( )書きにする、微妙な主張のしかたに伝わってくるものがある。かつて、岡井は、
白鳥のねむれる沼を抱きながら夜もすがら濃くなりゆくウラン
とも歌う。
コンビニの空っぽの棚見回して出づればビオラの紫震ふ 吉田和人
コンビニの棚が空っぽだったという異様な感じが、ビオラの紫震ふに表現されている。コンビニ、ビオラの語感の響きもよい。
むらさきとうすむらさきのヒアシンス 三月の空ひかりしずけく 三枝浩樹
空とヒヤシンスの間のひかりだけの空間、天地の間に人が生きていた。
人命のあまた消えたる春深み白木蓮ともるがに暮れ残る 大塚寅彦
白木蓮暮れ残るが余韻を深める。残るがやさしい。春深みが重い。
魔女をのぞけば、水仙、ワビスケ、サザンカ、パンジー、チューリップ、ビオラ、ヒヤシンス、白木蓮と、春の花の歌が揃った。東北の地にも、花が美しく咲き揃って欲しい。