2015年2月15日(吉田光子)
淡雪が止んだ野を澄んだ光がすらりと包んでいる。胸を抉るような凄惨なテロに奪われた魂を悼むひかりでもあろうか。
結社誌「短歌」2月号は、恒例の十首詠が組まれた。ISILによる人質殺害に思いを寄せた歌が巻頭に置かれている。
西欧の価値観に反(そ)る信仰の人ら容れつつ歪(ひづ)みともテロ 大塚 寅彦
ひのもとの優しき果なり朝かげに蜜柑の皮を剥く柔らかさ 同
反戦を唱(とな)えぬ舌に絡みつく朝のミルクの膜ほの重し 同
朝の食卓に置かれた果実から想いは広がりテロ事件へと導かれてゆく。穏やかな日常を打ち砕く楔はこんなにもたやすく荒荒と打ち込まれるのだと提示しているかのようだ。「ひのもとの優しき果」には人質となった日本人の姿がオーバーラップする。そして、「ミルクの膜」は作者だけでなく読む者の舌にも絡みついて「ほの重い」。命をもてあそぶ行為は決して許されるものではないが、怒りにまかせて性急に暴力でのリベンジを計るのもまた愚かなことであろう。どうすることが憎しみの連鎖を断ち切る道につながるのかを問いかけ、わたしたちは何をすべきか考えよと促してやまない力が湛えられた一連と思う。
捜さない尋ねず聞かずこのままを良しと思えば青い鳥籠 大澤澄子
現実を生きてゆくため要る夢のひんやりとして冬の薄氷 同
「青い鳥籠」は幸せの象徴であろうか。踏み込まないことでしか平安を保てないことが、確かに人生にはあるのだ。たとえ、いくばくかのほろ苦さを感じ取っていたとしても。2首目からは、しなやかな強さと切なさが立ちあがる。薄氷の危うさと知りながら夢を見つめる作者の眼差しが心にしみて痛い。現実を引き受け乗り越えるために「要る」夢なのである。
満天の星わがものにする座席(シート)虚実の潮目にふかぶか沈む 洲淵 智子
ペテルギウスが一生終へるという噂 大三角のしるき冬空 同
プラネタリウムを訪れ星のロマンに浸る作者。「虚実の潮目にふかぶか沈む」という下句が素敵だ。ペテルギウスは冬の夜空に瞬くオリオン座の1等星で、その一生を終える時期にきているという。壮大な宇宙の営みに思いを馳せずにはいられない。
「短歌研究」2月号からは、次の歌を紹介したい。
朝もやに目を細めたり未だ知らぬ頃のあなたが遠くに見えて 鯨井可菜子
街路樹にからむ電飾たぐりよせ君を泣かせたことがまだない 同
どこかしら浮遊感をまとう1首目。未だ知らぬ頃のあなたを想うとき、人はいつも心を漂わせてしまうからかも知れない。2首目、イルミネーションをまとった街路樹を見つめつつ、そういえばまだ君を泣かせたことがないなあと思う作者。二人の間は、もっとドラマティックであってほしいのであろうか。あるいはもっとわたしを心配してほしい、わたしのことで泣く君であってほしいと作者は思っているのだろうか。幸せだけれどちょっと拗ねてみたい、若い女性のそんな気分が可愛らしくほの見える歌である。