2015年9月1日(長谷川径子)
「短歌」巻頭の八月のうた
孤島テニヤンははるかと思ふ漁り火がことさら闇を深めゐる沖
春日井 建 「未青年」
サイパンの隣、テニヤン、闇を深めゐる沖、日本の八月は深い闇があるように思う。
[中部短歌8月号]準同人欄『青環集』より
がつさりと咲き乱れゐる紫陽花を大きく揺らし風滑りをり 蟹江 香代
紫陽花の咲くさま、がつさりが質感を良く表現し、風すべりをり が丸い紫陽花に吹く風を的確に表現している。
人生で流す涙の総量が一定ならば そろそろ尽きむ 吉村 実紀恵
これまでに流した涙の量、涙の量が一定であるならこのあと泣かないで暮らせる。尽きむの む が明るい。
麦わら帽見れば〈拓郎〉思ひ出す姉さん先生懐かしむ夏 金野 美也子
吉田拓郎の「夏休み」というフォークソング。姉さん先生という言葉がなんともやさしい。
歩いてはコンドロイチン歩いてはコンドロイチンつばめ飛びゆく 加藤 友利
歩いてはとコンドロイチンのリフレン、結句つばめ飛びゆくが上手い。
預かりし白い帽子をとりに来る住人待つごと泰山木は 服部 好子
泰山木の大きな白い花、預かった帽子というみたてが素敵な歌になった。
[短歌研究九月号 短歌研究賞受賞 橋本喜典受賞対象作品より(抜粋)
早蕨を清らに濡らしよるのあけをわが精神の河は流れる
郵便をポストに落としもうすこし歩かうと小さき決心をする
ウエルテルと名づけたる樹は悩みなどどこ吹く風と光を散らす
すつきりと立つゆりの木は誰ならむ比(たぐ)へてみたきひとを思へり
祝日も働きてゐる人のあり塵芥(ごみ)の袋のなき街の角
セイロンの紅茶淹れつつ思ふかなこの葉を摘みし人の指先
夕ぐれのしじまにこえを滴らせしたたらせゆく黒き鳥あり
当事者がわれならばいかに対処せむ自問してながき逡巡にをり
「君はどうか」ふたたび三たび問はれても「否」と言い得る者石を打て
忘れさせてくれる歳月 忘れさせて呉れぬ歳月 忘れてはならぬ歳月
この国の明日思ふとき抑へがたき焦りのごときものうごくなり