2018年12月1日(神谷由希)

我が国のみならず、世界各地を襲った様々な災害の修復、また政情不安など数多の問題を抱えつつ<平成>も終わろうとしている。特に政治的には不消化な事案を多く残したままなのが、国民一人ひとりにとって、気がかりな事ではある。かえりみて短歌の世界も常に時代を反映し、深くかかわり、時に抗いつつ、変化してきたように思う。

結社誌11月号の新しい企画<うたメンタリー>によって、それぞれが関わってきた戦争、震災、私的な喪失の体験に触れることが出来よう。

<うたメンタリー>より

紺碧の空が裂けた日 八分間爆撃に人も工場も消えたり     山田峯夫

<昭和二十年 熱田空襲>

揺れ止まり貯蔵の庫に入りたればタンクの陰の杜氏に出合う   大谷宣子

<平成二十三年 東日本大震災>

ビルひしゃげ橋脚崩れて天に哭く三宮の街ただただ呆と     榮 憲道

<平成七年 阪神淡路大震災>

祖母の声死んでないかと幾たびも名を呼ばるるも返事届かず   渡辺チエ子

<昭和二十年 空襲>

十一月号結社誌より

ポン菓子の屋台に米を持ちゆきてふつくら爆ぜし幼日の夢    大塚寅彦
魂抜けてやうやく体重減りたらむエルヴィス想ひドーナツを食む   同

ポン菓子、所謂ポン煎餅は米が爆ぜる音からそう呼ばれた。他にカルメ焼きや糝粉細工など、甘味の乏しかった戦後の子供たちにとっては、憧れの食品だった。米の爆ぜる音におどろきと喜びを覚えた時の感覚は、私たちの中に今も生きているように思われる。

二首目、肥満を気にしていたエルヴィスがジェリー・ドーナツ十五個を食べたのち、浴室で死んだという。悲劇的ながらどこか滑稽な話は一種の伝説のように語られている。<帝王>と呼ばれながら、常に大衆の側にあった彼の死は、すでに過去のものでありながら、時に鮮明に思い出されて、人の心を搏つものがある。

今回は11月24日、日比谷コンベンションホールにて開催の「与謝野晶子の天皇観」(主催:明星研究会)における講演、シンポジウムの内容について少し触れてみたい。天皇家が折々の談話で、皇室の在り方、象徴天皇としてのあるべき心構え、などについて語っておられる時もとき、時宜を得た企画であった。

第1部の、天皇、戦争、文学の命題による片山杜秀氏(慶応義塾大学教授・政治思想史)の講演は、その充実に於いて感慨深いものがあった。桜井忠温『肉弾』、水野広徳『此一戦』に代表される戦時文学の後、天皇、戦争、文学三者の一体化が要求される時代に向かうこと、大東亜戦争の時代は、すべてが戦争文学になること、ヨースト(ドイツの劇作家)、ヒトラーから東郷元帥の和歌、五カ条の御誓文まで敷衍する熱の入った講演であった。

続いて第2部の対談における「与謝野晶子の天皇観」について、明星研究会の中心メンバーである松平盟子氏は、有名な「君死にたまふことなかれ」に言及し、晶子の実家が大いに天皇を敬していたこと、自身の思想感情は、倫理も趣味も皇室に繋がっていると評論に述べていて、巷間に言われるような意味合いではないと強調している。対談相手の小嶋翔氏は吉野作造記念館の気鋭の研究員で、晶子の詩をその時代の中でとらえる興味深い内容であった。時間が足りずに残念だったが、別の機会にさらに聞きたい内容だった。今回は、結社の同人、大沢優子氏が総合司会をつとめたが、同じく長谷川と茂古氏も運営に関わっている。今後結社の方々の参加が多くなることを願っている。

本年6月に上梓された、同人鷺沢朱理氏の歌集『ラプソディーとセレナーデ』についても、取り上げてみたい。

歌集の題に見られる如く、章立てが楽章によって纏められていて、作者の音楽に関する並々ならぬ拘りが感じられる。大塚代表はその作風を「ユニーク」と評したが、絢爛たる美の世界は、虚構の翼をひろげて、この世にない屏風絵という奇想に及び、現代において見失われつつある古典的な語彙の豊かさは、読者を幻惑する。その美意識と、意外にも生々しく露呈された闘病の状況は、著しい懸隔によって読者を迷わせるであろう。内面の苦しみの発露と、短歌における美の復権との融合、あるいは並立は、今後の作者の課題となるのかも知れない。以下作中より抄出。

おさへきれずある夜化粧(けは)ひて濃姫の屏風と語れり姫は語れり
紅蓮や紅蓮燃えて帰蝶は亡き父の山城たかく灰と散りたし
滅ぶ日も都は繁盛せしといふ宋こそビザンティンに比す虚美の国
トマト畑に突如聳ゆるベルリンの壁あり赫(あか)し発作に倒る
うつ病を心の風邪といまだ言ふ誰かの胸の骨を折りたし

歌評(月2回更新)

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