2012年11月1日(紀水章生)
まず中部短歌結社誌十月号会員欄より。
時空超えエマイユの蝶羽撃(はばた)きてわが天鵞絨(ビロード)のドレスを飾れ
清水美織
格調高い言葉を連ねて日常から少し離れた世界を描いた一連。作者の意図や美意識が表出しておりひと味違う。エマイユは七宝焼きのことらしい。結句の命令形が生きて動き出しそうな臨場感を醸している。第三句の「~て」は考えるべきところ。三句が区切りでお行儀よく順序よく流れるかたちから、変化をもたせれば緊迫感が生まれる可能性がある。
人間は聞かれる前に身構える断るつもりと受けるつもりに 大村恵子
反応は想像できる範疇で先天的概念があるかもしれぬ 同
涼やかな風は許してくれそうだ葉ずれの音に甘えてくるまる 同
どの作品も視点や切り取り方が面白く惹かれた。言葉の使い方については、一首目「聞かれる前に」、二首目「範疇で」をはずして何かもっと一首を躍動させる言葉を見つけられないか。三首目は上の句に惹かれるが、下の句には予定調和的な印象が残った。
ひそかなる思ひに灼かれつつ我は焼土のごとき夢にさまよふ 雲嶋 聆
白糸の露したたらせ雨のあと月の光に蜘蛛の巣ひかる 同
美しい情景にひたっているような印象の作品である。好きなタイプの作風なのだが、やや表面的にきれいに流れてしまう感じも残る。重複する言葉を整理して焦点化すること、ちょっとしたひっかかりがあること等で、さらに陰影がでて印象的な作品になると思う。
次は角川短歌誌二〇一二年十月号より。
眼前に落ちて来たりし青柿はひとたび撥ねてふたたび撥ねず 小池 光
青柿が放物線を描き落ちてきて地面で一度撥ね、その後動かなくなる。映像がスローモーションで流れる感じだ。青柿が落ちることには若くして亡くなったひとを、また死の間際の動作も連想させられた。ものには弾性があり、ぶつかるときには相手の弾性との関係で勢いを失わず撥ね続ける場合、勢いを殺されてまったく撥ねない場合がある。ひととひととの関係もいろいろな撥ね方があるのだろう。「ひとたび撥ねて」という限定があることで一首の輪郭がよりくっきりとシャープになった。
わが顔に当たりて消えしカメムシの臭ひはあれど電灯を消す 花山多佳子
よくありそうな情景。カメムシは嫌われ者。害虫であり、ここ数年大発生をよく耳にする。臭い、しかも毒をもっており、噛まれて痛い思いをすることもある。読み手はまず初句でその場に連れて行かれる。「臭ひ」で臨場感が増幅、そして最後の「電灯を消す」で明かりのない世界に取り残される。