2012年8月15日(長谷川と茂古)
オリンピックが終わった。サッカーと競泳は本当に強くなったなあと思う。おそらく、小さい頃から競技に親しむ場がある、ということと無関係ではないだろう。少年サッカー(U11、U10の試合もある)では、プロチームの本拠地でスクールやジュニアチームもたくさん出来た。何よりトレセン制度がある。スイミングスクールも、タイムが良ければ選手コースでしっかりトレーニングできる。選手層が厚いと頂点にいる選手たちのレベルも上がる・・・、と真面目に書き始めたが、不意に思い出した。体操男子のドイツチーム、カッコ良かったなあ。ビシッと髪型もキマッていた。あと、シンクロナイズドスイミングのデュエット。金をとったロシアチームは『サスペリア』の曲を使用。怖くて大好きな映画だが、とにかく驚いた。コーチはホラー好きなのか。恐怖をテーマに演技したというが、あの化粧と衣装は忘れられない。4年後のリオデジャネイロでの選曲も楽しみだ。といったところで、真面目バージョンに戻ろう。結社誌8月号から。
この家のどこかに風が鳴っている 図鑑の鳥が騒ぎ始める 中畑 智江
結局は自分が一番好きだった光源氏のような金の環 同
今年5月に観測された金環日食を詠った連作「それぞれの空」から。家の中で風が鳴り、図鑑の鳥が騒ぎ始めた、といつもとは違う様子が描かれる。金環食によって異空間への扉が開くような予感がある。二首目、金色の○(まる)=光源氏という発想がユニーク。「結局は自分が一番好き」じゃない、と光る君を評したのも思い切りがいい。作者はこの夏、第5回中城ふみ子賞の大賞を受賞された。「言葉の扱い方をよく知っている人」(松平盟子評)、「表現力が豊かで完成度が高い」(東直子評)、「一首一首に作者ならではの詩魂が潜んでいる」(時田則雄評)と絶賛されている。おめでとうございます。
つひにバベルの塔斜(かし)ぎゆくさまに立つスパイラルタワーズ八月の空 大塚 寅彦
〈分類〉をせよとこの世を視るごとし1ドル紙幣のなかの隻眼(ひとつめ) 同
「スパイラルタワーズ」は、名古屋にあるモード学園と商業施設のビル。一見、上部をつまんでぐにゃりと捻ったような形に見える。最新の技術を駆使して建てられたビルと、(架空であれ)おそらく最初の高層建築物、バベルの塔を重ね、終末を夢想しているようだ。「カテゴライズ」と題された一連、フリーメイソンに関する歌が並ぶ。二首目、1ドル紙幣に描かれているピラミッドの上にある眼が「〈分類〉をせよ」という。紙幣は人が使っているように思うが、実は逆なのかもしれない。経済は紙幣が動いてナンボである。経済の良し悪しによって、人の暮らしも変わる。連作の終わり、「ごみ箱に入れられしより物なべて〈ごみ〉とならむか例えばヒトも」は、痛烈だ。
孑孑に「蜘蛛の糸」気取り情けかけ蚊に喰われたり秋暮れてなお 竹中 みさ緒
重なりしローズの花芯に黄金虫わが家とばかり熟睡しおり 同
助けた御礼がこれですか、と作者の嘆きが聞こえてきそうだ。結句も悲しげで、残念な感じが伝わってくる。二首とも虫の歌であるが、小さい生き物への視線が楽しい。
続いて、「短歌研究」8月号より。
三月の記憶抱く雲浮かべつつ何にも言はぬふくしまの空 本田 一弘
ゆつくりとけやきの肌に近づけば一弘と呼ぶおほははがゐる 同
官軍に原子力発電所にふるさとを追はれ続けるふくしま人(びと)は 同
何年か前、福島県と山口県は戊辰戦争の確執から和解した、というニュースがあったように記憶しているのだが、三首目を読むと、そう簡単に水に流せるものではないと改めて思う。一首目の「何にも言はぬ」が、心に刺さる。ふるさとの木、代々受け継がれてきたものが「一弘と呼ぶ」ようだ。自分の名を呼ぶ人がいる、ということが存在の証である。「「じいちゃん家(ち)のスイカ食べてもいいですか」答へられないさみだれわれは」と、連作の最後の歌にも胸がつまる。