2017年1月1・15日(長谷川と茂古)

新年あけましておめでとうございます。今年は、中部短歌95周年です。大塚寅彦さんが編集発行人となって12年、あっという間のような気がします。また、1月号は通巻1100号の記念号となっております。「記念号に寄せて」と題して、藤原龍一郎さん、佐伯裕子さん、春日いづみさん、大辻隆弘さん、東直子さんから文章を戴きました。みなさま、ありがとうございます。特集Ⅲでは、中部短歌の大先輩の方々に「短歌」のことなど、さまざまな質問をぶつけてみました。なかでも、菊池裕さんのお話は、1980年代の短歌のことや春日井建先生のこと、寺山修司さんとの出会いなど多岐にわたり、大変興味深い内容になっています。読んでいただけるとうれしいです。

歌評はその1月号から。

さといもの葉裏葉表ゆれながら秋の大地のほてりを冷(さ)ます    古谷 智子
雀追ふことなどあらぬ平成の若紫はスマホに見入る           同

独特のかたちをしたさといもの葉は遠目でもすぐにそれと分かる。大きめの葉だろうか、
ゆれている様子が、大地を冷ましているという。さといもの葉だけに注目するのではなく、秋の景色として、全体を眺めるからできる歌なのだと思う。二首目は、源氏の若紫との出会いの場面から「雀」が登場している。現実の景としては、小学生くらいの女の子であろうか、そんな小さい子でもスマホを操る様子を詠っている。「若紫」と表現するくらいだから、作者は「可愛い子だなあ」と思って見ているのに違いない。

白亜紀のステゴザウルス想いいるじんわり背鰭が当たるベッドに    もりき萌

痩せておられるのだろうか、背骨があたって痛みを感じながら横になっている様子を思う。ステゴザウルスの皮膚感というのか、固い感じがよりいっそう痛みを増すようだ。「じんわり」に実感がある。

身めぐりは夜すがら静かわたくしの立てる暮らしの水つかふ音     安藤なを子

手を洗ったり、お茶をいれたり、茶碗を洗ったり。夜、一人家のなかで過ごす間、聞こえてくる「水つかふ音」。その音が、家のなかで作者の存在感をより際立たせている。一人、という言葉を使ってはいないけれど、しんしんと淋しさが伝わってくるようだ。

逝きしより早も七年さびしさの極まりゆきて遣る方もなし      尾崎テル子
亡き夫の鷗外観を詳細に紹介したる記事ありがたし          同 

作者の亡くなられたご主人は、鷗外研究をされていたようだ。ご主人の遺志を継ぎ「鷗外文庫を発行されて50号に達した、という歌も連作中にある。なかなかできるものではない。それぞれの結句「遣る方もなし」「ありがたし」という気持ちが真直ぐ届く。仲睦まじいご夫婦だったのだろう。七年を過ぎてなおさびしさが募るご様子に、こちらもつらくなる。

続いて、紹介するのは池田行謙第一歌集『たどり着けない地平線』(青磁社)。著者は、小笠原諸島父島で、果樹類の研究をされているようだ。

五年前さよならをした一番線ホームを五秒で通過していく
場違いな重さだろうかひとのない冬の海辺の砂を踏むとき
淋しさに側面があるのならばその左側を歩こうと思う
芽キャベツのひとつひとつを落としつつさよならを受け入れてゆく
二十年とは遥かなる言葉二十年うたい続けてきたきみといて

歌集前半は、別れからはじまり、「きみ」あるいは「あなた」と過ごした時間が描かれる。「一番ホーム」を五秒ほどで通過するとき、五年前の長く感じた時間を思い浮かべる。あのとき、確かにこのホームにいた二人。喪失感がひろがる。「場違いな重さ」は誰もいない海辺にいる孤独感につながる。淋しさを立体的にとらえ、「側面」の、それも「左側」を歩くという。本筋ではなく、端っこで淋しさに沿って従うような感じがある。小さいけれど何か大事なものを包んでいるような「芽キャベツ」。それを「ひとつひとつ」落としてゆく行為は、作者独特の表現で、やさしく繊細な印象を受ける。

題にもあるように、「地平線」は現実にみえているのに、近寄ると離れていって、永遠にたどり着けない。作者の透明感のある詠いぶりは、ひりひりとした痛みに触れてしまったような、読後感に包まれる。

歌評(月2回更新)

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