2018年12月15日(吉田光子)

4K放送が12月1日から始まった。高精細なテレビ画面が楽しめるという。今のままの画質で十分満足している私のような者はともかく、新しい技術が新たに開拓してゆく分野に興味津々の方にとっては、見逃せないできごとであろう。「吉田類の酒場放浪記」という番組も、12月3日から4K高画質を楽しめるようになったそうだ。この番組は、BS-TBSで毎週月曜日午後9時から放映されているのだが、お酒や人物の表情などが、より生き生きと、より臨場感あふれる映像となって迫ってくるらしい。國學院大學北海道短期大学部のProfessorで歌人でもある月岡道晴さんは、「吉田類さんは、われら中高年にとって月九のスター」と言っておられたように記憶する。「月九のスター類さん」の輝きもますます磨きがかかってくるに違いない。
さて、結社誌「短歌」12月号から

侘び住めば人恋しさに旅人を食み尽くすまでの愛と思へり    大沢 優子
旅人を食みても飢渇みたされぬ鬼女は永遠なる糸紡ぐなり      同
世々を経て伝へ来たりし鬼女のこと飢餓の時代を基層となして    同

そうか。「愛」であったのか。「食み尽くすまでの愛」と言い切った圧倒的な迫力が、この歌のすべてであろう。2首目は、鬼女に課せられた果てしない渇望が哀しい。なぜなら、それは人間の根幹に潜むものでもあろうから。そして、3首目から投げかけられた視線は、現代も内在する貧困を焙りだして鋭い。しっかりと向き合いたい一連である。

秋が来るたびに冷たい風吹いてわたしの記憶消してしまった   青木 久子
父母にごめんなさいと伝えたい夜なりひたすらごめんなさいと    同
あったのかなかったのかと胸に問うわたしの二十代、三十代     同

作者の痛みが震えるように伝わってくる。深い深い胸底の隙間から零れ落ちた言葉は哀しみをまとって紛れもない。これらの日々が、いつか「過ぎ去ったもの」として静かに見つめられるようになることを願う。誰もが秘めているであろう挫折は、新しい風を受け取るための、その人だけに託されたチケットなのかもしれないのだから。

山あいの郵便局に文出しぬ杉の木立の霧湧くあした       新井 陽子
黒のいろは哀しみの色と想えども童謡のカラスは子が可愛いと鳴く  同

1首目は、しみじみと韻律の美しい叙景歌である。目の前に霧が流れ、杉の木立の向こうに郵便局がぼおっと現れてくる気配がする。一転、かなり字あまりの2首目。黒は哀しみを象徴する色なのに、子が可愛いと鳴くカラスからは温もりが感じられるとのことだろうか。ふとした作者の発見が驚きとなり力となり、字あまりの歌いっぱいに込められていて、そのパワーで読ませるのだと思った。 

春日井建先生の生誕80年・「未青年」発表60年を記念して、角川発行の月刊『短歌』12月号に特集が組まれている。中部短歌会の方々から寄稿されたものを中心に紹介したい。全90ページにも及ぶ特集は、菊池裕さんの手による「作歌時期と歌集解題」、そして「作歌と実生活」を記した年表から始まっている。第一歌集『未青年』から第九歌集『朝の水』まで、各書誌のデータや内容、背景、また、さまざまなエピソードなどが述べられていて、魅力に富んだものと言えよう。加えて、歌集の表紙を取り込んだ見やすい誌面や、作歌時期との関連付けが容易となるよう配慮された構成が、理解を促してくれる。特に、私のように入会が遅くて先生の謦咳に接することがかなわなかった者にとって、大きな助けとなるのではないかと思う。次いで、大塚寅彦代表による「代表歌100首」が掲載されている。最初に簡潔に記された「春日井建ははっきりと前期と後期にわかれる歌人であり、代表歌の選出を今までにも何度かやったが、前期のうち特に『未青年』は様々に語られた〈鉄板〉の歌が多く、後期になるほど選出者の任意度が高くなる。連作性も強くなるため、その流れの中で深められた思索や情感によって味わい深い歌も多い。」との分析に、強い説得力を感じる。春日井先生を長く間近に見、膨大な歌を読み込んでこられたからこその言葉といえようか。他にも、「同時代語録」と題された文を寄せられていて、『未青年』の登場を、「明快な世界の構図の中に文学と詩歌があった時代」にマッチしたものと捉えておられる点に注目した。また、三島由紀夫や寺山修司の言も、改めて興味深く思った。特集内のエッセイでは、古谷智子さんが主宰としての春日井先生の姿を浮き彫りにされている。若き日の颯爽とした姿や結社の発展に尽力された様子、また、病を得てからも最後まで毅然として結社への愛を示されたことなど、胸が熱くなる思いがした。堀田季何さんの『水の蔵』の頃に関しての論考には、「四十代後半の歌が後期の芽を内包していた」との鋭い指摘がなされている。歌集を丹念にたどり論理的に考を重ねて導かれたものであろう。杉本陽子さん、川田茂さん、鷺沢朱里さん、雲嶋聆さん執筆の「一首鑑賞」も新鮮である。先生との思い出や絆を絡めつつ、あるいは、作品からさまざまに翼を広げ咀嚼を試みて、深い洞察により一首を読み解き、どの鑑賞も味わい深い。もちろん、中部短歌会所属の人ばかりでなく多くの歌人がそれぞれの眼差しで語っているこの特集は、節目の年にふさわしいものであるように思われる。そして、大塚代表をはじめ諸先輩がバトンを受け継ぎ牽引してくださっていることを、改めてかみしめた次第である。

歌評(月2回更新)

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