2017年11月15日(雲嶋聆)

11月に入り、日に日に寒さが増しているような気がする。筆者はカメを飼っているのだが、そのカメも日を追うごとに動きが鈍くなっていて、そろそろ冬眠の季節かと思わされる。寒いと気分が塞ぎがちになるので、カメのそんな姿を眺めていると、つい一緒になって冬眠したい、などという詮ないことを考えてしまう。

さて、結社誌は11月号から。

地の熱を一途に集めカンナ咲きその季ゆけり安室奈美恵も   日比野和美

安室奈美恵はライブのときに、ほとんどMCを入れず、ひたすら歌とダンスのパフォーマンスを観客に提供すると聞いたことがある。「一途に」という副詞によって修飾されているカンナの咲き方が、彼女のそのようなライブパフォーマンスのあり方を暗示しているようで、印象に残った。カンナを安室奈美恵の喩と捉えれば、「地の熱」はライブ会場に集まった観客の熱気を表していると読めよう。そういえば、今年は安室奈美恵が引退を発表した年でもあり、時事を美的に処理した一首でもある。

闇に咲く菜の花畑か玉と散る蛍の光の里山遠く   岡村千穂

暗闇のなかで明滅する蛍の光を「闇に咲く菜の花畑」と捉えた把握が、幻想的な美しさを湛えていて、読みながら恍惚となってしまった。愛知や三重で毎年開催される菜の花まつりでは、夜の菜の花畑をライトアップして、訪れる観光客の目を楽しませるということもしているのだが、菜の花の黄色が闇の底からぼんやりと浮かびあがっているその情景と、蛍が、ぽん、ぽん、と光を放ちながら飛んでいる様子は、言われてみれば似ているようにも感じられる。「玉と散る」がやや和歌的な慣用表現に思われなくもないが、タ行の破裂する音によって蛍の光り方がより鮮明にイメージされるので、むしろこの場合は成功しているのではないか。

八月の新聞記事の持ち重り一人一人の言葉による血   米山徇矢

八月は広島と長崎に原爆が投下された日だったり、ポツダム宣言を受諾した日だったり、戦争に関わる大きな日が多い月であるからか、新聞もテレビも戦争の特集が毎年のように組まれる。まして今年は共謀罪という言葉が叫ばれたり、改憲の論議が盛んになされる等、さまざまな観点から戦争について考えなければならない年だったようにも思われる。歌は三句目までの句の切れ目を「の」でつなぐことにより、まさに「持ち重り」するようなずしりとした韻律を作り出している。ところで、テレビや新聞などを見ていると、戦争を体験した人はみんな当時の体験を語りたがっている、語らなければならないという使命感に突き動かされている、というふうに思ってしまいがちだが、決してそんなことはない。もちろん、そのような人もいるから、テレビや新聞で当時の体験が語られ、それは貴重な記録、あるいは教訓となるわけだが、なかにはあんな辛いこと語りたくもないし思い出したくもない、そういう人もいる。そのあたりの機微、言葉にすることによって生じる彼らの痛みを「言葉による血」という結句が表現していて印象深い。

続いて、総合誌は角川短歌11月号から。角川短歌賞の受賞作発表号である。

天文台の昼しづかなるをめぐりをりひとり幽体離脱のやうに    睦月都
復讐をせしことのなきくやしさよ缶切りが缶ぼろぼろにする     同
桃色の象の寝息のやうな風 夜の緑道を母と歩めば         同
もんしろ蝶 光の路地にあらはれてみるみる燃ゆるまひるなるかも  同
わが生まぬ少女薔薇園を駆けゆけりこの世の薔薇の棘鋭からむに   同

一首目。三句目から四句目にかけての、よいしょと何かを引き剥がすような韻律が、下句の「幽体離脱のやうに」という喩と響き合っている。

二首目。復讐は何に対する復讐だろうか、連作全体を通じてやや厭世的な雰囲気が漂っているから現実に対する復讐かもしれない、あるいは聖書の十戒にある、復讐は神がするものである、という言葉を踏まえての表現だろうか。下句のいくぶん投げやりな調子が、「くやしさ」を巧みに表現している。

三首目。桃と緑の色の対比が鮮やかだが、「桃色の象の寝息のやうな風」という表現からはそっと吹く風のやさしさのみならず、不思議なぬめりのようなものを感じた。

四首目。何かモノクロの無声映画を見ているような錯覚にとらわれた。不穏さと美しさが共存する世界観である。

五首目。連作の最後に収められた歌である。連作全体を通じて母と娘としての自分、母としての自分とまだ生れていない娘、という関係性が詠まれていたのだが、その未生の娘がこの世とは違う世界の「薔薇園を駆けゆけり」と詠んでいるように感じた。この世の薔薇の棘は鋭いからそんなに走ったら怪我をするよ、だから生まれてきたら慎重に怪我をしないように生きないといけないよ、と娘に呼びかけているような気がした。

以上、受賞作の「十七月の娘たち」から引用した。受賞者の睦月都はかばんに所属する歌人だが、水原紫苑を「tanqua franca」という同人誌に誘ったり、ツイッター上で春日井建前主幹や大塚寅彦現代表の歌を好きな歌として紹介する等、当会とも縁のある歌人といえよう。

歌評(月2回更新)

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