2012年10月15日(中畑智江)

中部短歌会は今年、創立90周年を迎えた。今月号(10月号)は記念特集号であるため、通常の結社誌の約3倍の厚みとなっている。様々な意味を込めて、とても重厚に仕上がっていると記しておきたい。特集Ⅰとして、結社外から現代の歌壇をけん引する7名の方から文章を頂き、特集Ⅱ以降は、創立80周年以降の結社誌10年の記録と検証が、会員により詳細になされている。若手の座談会は、全国誌とは少し視点が違っているところが興味深い。短歌史の資料としても大変貴重な号だと言える。しっかり読まねばと思う。さらにこの後、合同歌集『光跡』が上梓され、10月28日(日)に、創立90周年「短歌」全国大会が名古屋で開催(非会員も見学可)される予定だ。まさに節目である。

・光跡をそれぞれ描く流星の隆盛の季<うた>ぞ降るべし  大塚寅彦

記念号にちなんだ歌である。中部短歌会が歩んできた90年は先人から続く光の跡。さらにそれは会員一人一人の光跡の束でもある。今後も活気ある結社であり続けるためには、会員一人一人が真摯に歌を学び、自分の信じる歌を作り続けていくことが大切である。そんな大塚代表の思いが込められているようだ。結社90年というこの節目を機に、各々が歌への思い、姿勢を見直してみるのも良いかもしれない。

というわけで、記念号座談会でも触れられている、独特の世界を持ったシリーズ(?)「梅樹四季襖絵」を、結社誌8,9,10月号より一首ずつご紹介する。

・弟子の自死をひた隠し来て二十年病の果てにおのれ見るべし 鷺沢朱里(中部「短歌」8月号)

・死ぬといへどそれも一つの達意なり筆たてて知る久遠への道 同(同9月号)

・梅の矛盾 秋を薄まる若きえだに老緑(おいみどり)濃き春の来るとは 同(同10月号)

弟子の登場する襖絵の物語は、作者の創作ということだが、梅の木を日々観察した上で、様々な梅の姿を詠っているそうだ。さらにシリーズの作歌のため古典や和歌も研究しているとのこと。今後は作歌のための海外調査に意欲を見せている。このシリーズの行方を含め、作者が今後どういう方向に行くのか楽しみである。

結社誌10月号より。

・ペンギンの雛さへ脱走する国の民草として五十一年   長谷川と茂古

動物園のペンギンが何度も脱走したのは記憶に新しい。それがニュースとなる平和な国にて年齢を重ねてきた作者だが、「ペンギン」「脱走」「国」ときて思い浮かぶのは、「日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも(塚本邦雄)」である。この歌を踏まえた上で長谷川作品の「ペンギンの雛」=「日本のいち庶民」として読み直してみると、作者は現代の日本国を憂いているのだろうか・・と思うのだった。

・最悪の場合といはれいひよどむあなたそれでもいいのそれでも  菊池裕

最悪の詳細は分からないが、旧仮名遣い+口語体+ひらがなの羅列で、不気味に追い詰められていく気分になり怖い。「いやだー」と答えたくなる。

次は微笑ましい一首を。

・わが肩へうたたね女子の重みありレポート用紙手ににぎりしめ 海野灯星

電車で隣り合わせた女学生が、作者の肩を借りてうたた寝をしている、といったところだろうか。「うたたね女子」の言い回しが今風であり、しかしレポートに疲れた学生が車中でうとうとするのは昔からよくある光景で懐かしさを呼ぶ。この女学生と昔の自分を重ねているのかもしれない。だから作者は黙って肩を貸している。

このように結社誌から作品をいくつか引用してみると、創刊号(大正12年2月)から続く「自由な気風」が保たれていることに改めて気づくのだった。

さて今年度の短歌研究新人賞が発表されている「短歌研究」9月号、候補となった平成2年生まれの渡邉理紗さんの作品から。

・医の道を聖職といふ父母の白衣は今朝も皺一つなし  渡邉理紗

渡邉作品には突飛な修辞が無く、地味ではあるが地に足がついている印象がある。
同じく平成2年生まれの安田百合絵さんにも注目。現代短歌新聞の第6号「大学短歌会はいま」にも安田さんの作品を見つけた。そこから一首ご紹介する。

・箱舟に乗せられざりし生きものの記憶を雨の夜は運び来  安田百合絵

安田作品には、生きる哀しみが静かに流れている。

二作品とも文語体で旧仮名使いだ。口語短歌のひしめく中、まぶしく感じられたのだが、若い人たちがそれらを選ぶ理由は何であろう。平成2年生まれはいわゆる「ゆとり世代」。一説によると「流行に左右されない。自分に心地よいもの、実質性のあるものを選ぶ」傾向にあるとのとのこと。そういうことなのだろうか。

一方、短歌研究賞は、梅内美華子氏が受賞。梅内氏は、バブル経済崩壊の1990年に成人をしている。ゆとり世代より20歳ほど上だ。1986年に男女雇用機会均等法が施行されたものの、実際は男性以上でなければ対等とは見なされない事が多かった、と私は記憶している。話は逸れたが、受賞後作品「七つの鞍を置く馬」(「短歌研究」9月号)は圧巻。一首引く。

・陽の色の甘きマンゴー食むごとに強烈な女になる錯覚あり  梅内美華子

「強烈な女」にこの世代が抱くものが表れている。

歌評(月2回更新)

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