2017年5月1日(長谷川と茂古)

中部「短歌」4月号の特集は、「追悼・稲葉京子」。わたしが中部短歌に入会して、間もない頃のこと、全国大会に出かけた折、毎月稲葉先生のお宅で行われている歌会にお誘いいただいたことがあった。当時はまだつくばエクスプレスもなく、高速バスか常磐線で東京へ出て、それから横浜へというのが遠く感じられたのと、なによりまだ子どもが小さかった。今思えば、一度でも歌会に参加していればと思う。追悼歌をいくつか挙げたい。

咲き満てる桜花の領に入りゆきし女人いづこへ 繚乱の風  大塚寅彦
欲しきもの問はれて歌のほかなにも望みたまはず 忘れずあらむ  古谷智子
みづからの歌を信ずるこゑ凛とかぼそき身より絞り出したり     同
不可視なる眼窩の果てに降る雪を美しきと云つて微笑む童女   菊池 裕
やさしかる声きくやうに読み返すあなたの歌集『忘れずあらむ』 杉本容子
ふり仰ぐ額に降りくる御歌あまたありがたうありがたう稲葉先生 洲淵智子

稲葉先生の声は、本当に細い身体から絞り出すような感じがした。ゆっくりとしていながら、芯のしっかりした話し方。追悼文では、古谷智子さんの「桜と自転車」のなかで、多磨霊園へ桜を見にお誘いして、自転車で巡ったとある。稲葉先生が自転車に乗る姿はちょっと想像できなかった。あの広い墓地を。見事な桜をご覧になった稲葉先生の詠嘆が第四歌集『桜花の領』へと結実したようで、古谷さんの喜びが伝わる。と同時に次のように続く。

・・・私は、何よりもあの嫋やかで優美な歌びと稲葉京子を、無粋な自転車に乗せて、広い苑内を桜狩に走りまわらせてしまったことを深く悔いる・・・

稲葉先生の歌世界を理解する古谷さんの心情に、読んでいて胸が熱くなる。ほかに、村井佐枝子さんによる「夢の傘をかかげて」では、鎌倉ホテルで行われた中部短歌全国大会に出席された水原紫苑さんの名前が登場し、結社の歴史を感じる。また、稲葉先生の近くで長く勉強されていた大沢優子さんは、亡くなられる4日前、お見舞いに行かれた様子について書かれている。今年の結社誌1月の1100号記念では、稲葉先生のインタビューも当初企画していたのだが、既に入院されていて実現できなかった。改めて、作歌における姿勢や、仲の良かった建先生のやんちゃなエピソードなども是非収録したかった。

胸元を飾ることなくクリスタルのブローチひっそり聖夜に光る    もりき萌
ガラス瓶に閉じ込めた星またたいて東方の三博士治験を急げ      同
元日の救急外来処置終えてまっさらな空の繊月あおぐ         同

同じく結社誌4月号には、4月16日に亡くなられたもりきさんの歌に注目したい。一首目、「ひっそり」がなんとも悲しい。二首目は、新約聖書、キリストの生誕に現れる「東方の三博士」は「三賢人」とも呼ばれる。キリストの誕生は希望の顕われ。賢者たちに一刻も早く特効薬を、と願う作者の気持ちがにじむ。三首目、「元日」と「まっさら」が互いに意味を増幅させるような感覚がある。処置を終え、ひとつ山を越えたような気持ちが伝わってくる。

平成一桁年代「中部短歌」の口語派にぼくや水谷M子がいたんだ  宇都宮勝洋

もりきさんは、以前は水谷M子というペンネームだった。第二歌集も最近刊行され、タイトルは『M子』(短歌研究社刊)。占いもできたらしく、とてもユニークな方だったようだ。

稲葉京子先生、もりき萌さんのご冥福をお祈りします。

歌評(月2回更新)

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