2015年5月15日(中畑智江)
まずは中部「短歌」の四月号から。
雪知らぬ南の子らは蟻のごと雪の坂へと登りつ降りつ/青山汀
今年の四月の初め、日本列島に冬並みの寒波がやってきて、例年では雪の降らない地域に降ったことは記憶に新しい。テレビでは雪の中で入学式が行われ、桜に雪がうっすら積もっている様子が映し出されていた。
青山さんはロサンゼルス郊外に住んでいる。掲載歌はどこの雪だろう。雪の少ないロサンゼルスにも降ったのだろうか。雪の上を慎重に歩く子らのイメージが、触角をこまやかに使って進む蟻と重なる。微笑ましい光景である。
青山さんは昨年『白木柵の街』という歌集を上梓された。白木柵にはピケットフェンスとルビが振られている。帯は小塩卓哉氏、序文は大塚寅彦氏、跋文は古谷智子氏。
オレゴンの浜に打ちあぐ東北のサッカーボールは返されゆけり
冷気さすノルマンディは霧深し波の穂に顕つ六月の死者
(ルビ:顕つ=たつ)
一首目は、東日本大震災の津波によって、アメリカのオレゴン州まで流されたサッカーボールの歌。二首目は朝日歌壇(1997.7.22)でトップ入選した歌とある(古谷智子氏の解説)。歌集には海外在住者の眼差しが光る歌がいくつも並んでいる。巻末には詩が二編、あとがきには春日井建先生とのエピソードも載る。
次は「未来」の加藤治郎氏の第九歌集『噴水塔』より。
表紙は、名古屋市の鶴舞公園(つるまこうえん)の噴水塔だ。私も学生時代、鶴舞図書館に行くときに目にしており、懐かしい。歌集のあとがきに、この噴水塔はモダン都市名古屋の象徴だったと書かれてある。明治末期のデザインとのこと。かつて春日井建先生もこの塔の前で撮影をされたそうだ。では五首引く。
このエスカレーターこんなに長かったっけ運ばれてゆく明るいところ
ごぼごぼと箱がつぶやく白い部屋ぼくのうがいのようにくらいね
医療機器の林のまなか穏やかに生かされている父の心筋
お出口は左側ですあさなさなどこかに光る出口があろう
ゆうやみをケムール人は駆けてゆくようするにみんなへんな生きもの
一首目、長いエスカレーターで、明るい上方に運ばれてゆく様は、知らない間に天に召されてしまうみたいで、ちょっと怖くもある。
二首目も暮らしの中の、小さなダーク。
三首目は「心筋」が効いている。「心臓」だったら、温かい感情を伴って生かされている感じになるだろう。しかし現実はそうではないと作者は言っているようだ。
四首目の、なんだか適当な感じと「あさなさな」という短歌らしい言い回しが、ふしぎと合っている。
五首目、ケムール人と聞いても、あまりパッとはイメージできない。けれど具体性はある。そんな微妙さが下句を活かしている。