2017年10月15日(三枝 貞代)

結社誌9月号、10月号で大変喜ばしいニュースが報告されていて、私たち仲間の心を温かくしてくれている。
同人であられる雲嶋聆さんが、短歌研究誌で第35回現代短歌評論賞を受賞された。

受賞作は「黒衣の憂鬱――編集者・中井英夫論」、内容は短歌総合誌における編集者である中井英夫と、歌人の春日井建、中城ふみ子との関わり方を中心に深く掘り下げ論じたものである。大塚寅彦代表が結社誌9月号の編集後記に大変嬉しいニュースと記している。短歌研究10月号にはその受賞作が掲載された。雲嶋聆さんは平成元年生まれの新進気鋭の歌人であり、いま目覚ましい活躍をされ注目を集めている方だ。

2012年4月に中部短歌会に入会し現在に至っている。2015年には中部短歌会新人賞を受賞、またこの年角川短歌賞候補にもなった。2016年には現代短歌評論賞最終候補作に残られた。受賞のことばの中の、「今後、更なる研鑽を積み、歌壇の内と外とを繋ぐ存在になりたいと考えている」という言葉に、進まんとするわが道への信念と、情熱が溢れていて嬉しく思った。また、同じ短歌評論賞の候補作Ⅱに鷺沢朱里さんの作品が選ばれたこと、二重の喜びである。お二人のますますのご活躍を楽しみにしていたい。そしてまたかつて春日井建に師事(1986年~2004年)されていらっしゃった水原紫苑氏が「極光」三十首で、第53回短歌研究賞を受賞された。同じ年に大きな賞を受賞されたふたりに、天国の春日井建先生もどんなにお喜びのことだろう。
心よりお喜び申し上げます。

続いて結社誌10月号より。

君の名を唱ふるほどにさびしかり六等星のひかり増す夜半     雲嶋 聆
入れかはる人なき朝にコーヒーを飲みながら聴く「前前前世」     同
かはたれの逢瀬の後のかへりみち店頭に「君の名は。」並びたり    同   

「君の名は。抄」とのタイトルから映画「君の名は。」を観て、詠んだ連作であろう。映画「君の名は。」は2016年8月に公開された、新海誠監督の最新アニメ映画。筆者には主人公ふたりの意識の入れ替わりの場面があまりに目まぐるしく、一回観ただけではストリーの面白さを充分味わえたとは言えない。3年の時差を超える、二人の入れ替わりのトリック、伏線としてあった全てが二人の再会というハッピーエンドへと収束される過程を、もう一度観て味わいたいと思う。目を見張るほどの精密な作画が美しい映像となり、見事であった。そのスケールの大きい物語を作者は自分に引き付け、作者の今を詠むこととリンクさせていて味わいがある。一首、一首から「君の名は。」の映画を思い起こさせ、作者の心情へと無理なく読み手を誘う。どのような視点からでも歌に詠める力のある作者だと改めて思う。

今日のこと明日はお忘れになるでせう笑顔の恩師ながく手を振る 池田あつ子
もらひたるヤマオダマキに吸はせたき山の空気を庭にさがすも    同

「笑顔」一連より引く。作者の恩師は少し物忘れがはじまっているのだろう。今日の
この満ち足りたひとときも、きっと明日になれば恩師の記憶からは消えているにちがいない。そう思いつつ笑顔の恩師を優しく見送る作者である。恩師に向ける眼差しがとても温かい。二首目、ヤマオダマキをもらったけれど、庭のどこに植えようかと思案する作者。平易な表現ながら、ヤマオダマキに寄せる気持ちが素直に伝わってくる。「吸はせたき山の空気を庭にさがすも」という下句に、作者の人柄が滲んでいる。

休めよと夫はコンビニ袋より冷えたサイダー差し出し呉れぬ   田中千代美
肩並べ栗の木陰に一服す稲田に早も秋茜群る            同

一首目、二首目に畑仕事の歌があるので、次におかれた掲出歌二首は連作であろう。長く共に暮らしている夫婦の情愛が、労わってくれる夫の動作から立ち上がってくる。コンビニ袋と冷えたサイダーの具体がこの一首をくっきりとさせ、夏の日盛りの夫婦の光景が見えるようだ。二首目、わざわざ買ってきてくれたのだ、まだ頑張れるがここらで少し休もうかと作者も夫に従って一服する。目の前には実った稲田が広がって、よく見ていると秋茜がはや飛び交っているではないか。時の過ぎゆく速さを実感させた自然界。やや平凡な素材ではあるが、暮しのなかの一コマを誠実に詠んでいる作歌姿勢に好感が持てる。日々の暮らしぶりを素直に気どりなく表現できる作者である。

次に大松達知の第五歌集『ぶどうのことば』を紹介したい。

届いたその歌集の表紙を見て、何てユニークでセンスのある装丁だろうと楽しくなった。ぶどうの粒が音符になって五線紙の上に踊っているのだ。あとがきに2014年~2016年に発表した作品のなかから455首を選んだとある。夫、父として、教員として何気ない日常に目を向けて、人が見落としてしまう細部をそのユニークかつ繊細な感性で掴む。奥村晃作の影響を受けたといわれているのもうなずける。ふっと笑わせるユーモア、そしてそこはかと哀感ただよう作品に引き込まれた。前歌集『ゆりかごのうた』は若山牧水賞を受賞した。結社「コスモス」選者、2017年度Eテレ「NHK短歌」選者、2017年度NHK全国短歌大会選者ほかを務める。

われをみてンンンッ?と言ふ一歳児ぶだうのことば話すみたいに
ふりつもる雪はなけれど月光のふりつもりつつ吾子はねむれり
呑むための器ばかりが増えてゆく四十(しじふ)半ばの白い白い闇
言葉あたへるようにカツブシ降らせたり孝行顔のもめん豆腐に
おやすみを言はずに妻が寝てしまふ家族三人になつたころから
この酒はだれが飲ませる我酒かな生徒を思ひ二親を思ふ

タイトル『ぶどうのことば』は一首目から取られている。あとがきに作品は歴史的仮名遣いだが、わかりやすいようにタイトルのみ例外的に新仮名遣いにしたとある。

幼いわが子に寄せる溢れる愛、「ンンンッ」なんて、とてもこの発想はできない。熟してゆく葡萄の実を連想させ、それは言葉を覚えはじめたわが子への賛美でもある。

本名で歌を詠み執筆活動もする作者ならではの苦労もある。まっすぐ生徒に向き合う姿勢が率直な歌から感じられて胸を打たれた。この豊かな歌集が多くの方に読まれますようにと願っている。

歌評(月2回更新)

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