2017年8月15日(長谷川と茂古)

八月はじめ、大変うれしいニュースが飛び込んできた。前の歌評8月1日号執筆の雲嶋聆さんが、現代短歌評論賞を受賞されました。本当におめでとうございます。タイトルは「黒衣の憂鬱―編集者・中井英夫論」。掲載予定は10月号の「短歌研究」。読むのが今から楽しみだ。
 さて、イキナリですが、夏のドラマ「ハロー張りネズミ」を面白いなと思って観ている。昔、沖雅也が主演していた「おれたちは天使だ」にどこか似ている気がして。主人公は瑛太なのだが、オールバックの髪型のせいかショーケン(萩原健一)とダブって仕方がない。山口智子が着ている服や、森田剛のキャラクターも懐かしい感じがする。原作が80年代に連載された漫画だからだろうか。

と、短歌にもどって、結社誌8月号から。

霊園のめぐりに青きアガパンサス遠きたましひ呼ぶごとく澄む  吉田 光子

アガパンサスは青いものだと思っていたら、先日、白いアガパンサスを初めて見た。うす青色の花も良いが、白もまた清涼感があって美しい。大振りの花をささえる茎がすうっとカーブしながら伸びている。「呼ぶごとく」が良い。

色褪せた薔薇の包装紙処分せん あの頃なにが好きだったっけ   太田 典子

この歌の一首前に、〈ていねいに皺を伸ばして折り畳む母の日給いし包装用紙〉とあるから、お子さんたちから母の日にプレゼントされた思い出として包装紙もとっておいたのだろう。「あの頃」とは、子どもたちもまだ学校に通っているころなのかもしれない。下句の唐突な口語「あの頃なにが好きだったっけ」と自分に問うているのが面白い。「あの頃」の自分と現在とは好みも変わったようだ。長い時が過ぎたなあと言わずに、「あの頃」の自分と現在との距離感を出している。連作の題が「聞き耳頭巾」という、これまた面白そうな題なのだが、どの歌にも「聞き耳頭巾」は出て来ない。「聞き耳頭巾」、気になるなあ。

オアフからマウイ、ハワイ、カウワイの四島めぐる船旅に出づ   岩田 正治

「四島クルーズ」と題した一連、作者の率直な思いが描かれている。クルーズライター上田寿美子氏によって豪華客船の旅が紹介され、船の旅も人気があるようだ。作者は、出港の場面を窓からみようと卓についたが、コース料理がはじまってしまい、窓外の景色を見忘れる。ハワイの歴史や、アメリカの文化にふれ第二次大戦時の日本へとさまざまな感情がよぎる。あらすじのような歌が並んではいるが、作者の考えたことは理解できる。短歌日記と捉えた。

結社誌8月号の特集は「追悼 もりき萌」。もりきさんは、今年の春、桜の花が散るのと同じ頃に他界。第二歌集にして最後の歌集となった『M子』の書評もあり、加藤治郎さん、結社内では三枝貞代さんが担当している。大塚寅彦さんの、最後まで看取った様子が書かれており、涙を誘う。絶詠は次の二首。

こんなにも今日一日がもどかしい眠剤醒めて三日目の朝     もりき 萌
なぜ私気持ち惹かれるホスピスの玄関先の六角獣         同

もりきさんが詠った「六角獣」が、病棟の玄関先にはないという不思議なエピソードもある。もりきさんの明るい表情の写真が、「うふふ」と笑っているようだ。

次に挙げたいのは、小川太郎歌集『路地裏の怪人』(1989年 月光の会発行)。「怪人」というだけでノスタルジーが漂ってくるが、「路地裏の」と付いてレトロ感倍増である。

心ここに在らずば何処(いずこ)、焼け跡の瓦礫の間(ま)より草萌えし春
「父選びうるならルパン」のメモありき黄ばみし啄木歌集の隅に
一人乗る夜(よ)のエレベーターふと止まり闇に開けり人なき階の
ガード下の暗がりにあゝ戦後史はつもりて遠き友立ち浮かぶ
画面充たすモンローのヒップ少年のわれには合衆国のかたちとも見えし
きょう明日を闘いの日と思うときこころ掠める炎の麒麟
遺影にて知るのみの父軍帽に老ゆることなき微笑を憎む
進化論読める窓べをかろやかに風は太古のまま渡りゆく
青春百貨店(プランタンデパート)のズボン売り場の人体像下半身のみ、青春は美(は)し
人の世は刺しつ刺されつ さりながら野茨に涙のごとき夜の露

久しぶりに開いた歌集だが、戦後史とともに成長してきた著者の生き様がありありと描かれている。塚本邦雄の影響を強く感じる。最後から二首目の歌は、

ロミオ洋品店春服の青年像下半身無し***さらば青春   塚本 邦雄

の本歌取り。1984年開業のプランタン銀座は昨年末閉店した。渋谷パルコも一部閉店したし、変わってゆくねえ。

「ハロー張りネズミ」を観ていたせいか、ちょっと後ろを振り向きたくなったようだ。

歌評(月2回更新)

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