2020年8月1日(吉田光子)

ごく最近、「赤ちゃん銀河」が見つかったそうだ。ヘルクレス座の方向に青白く輝いており、誕生して1000万年ほどであるらしい。これまでに見つかった銀河の中で一番若いこの銀河を調べることで、宇宙の銀河形成の解明が進むのではと期待されている。ちなみに天の川銀河は生まれて130億年だとのこと。スケールのあまりの大きさに驚くしかない。新型コロナの閉塞感に覆われた世の中からしばし逃れ、宇宙に心を遊ばせた。それにしても1000万歳の赤ちゃんって……ただ者ではない。

では、結社誌7月号から

〈咳をしても一人〉ならまだいい咳をしても嫌われるコロナ禍にある 日比野和美

コロナ禍で窮屈な今の世相を詠んでいる。尾崎放哉の自由律の俳句「咳をしても一人」を読者に意識しさせることで、飄々とした中にほのかな孤独感を漂わせているように思った。

EIZINの夏風追ひて迷走をなししと言はむわが八十年代(エイティーズ)   大塚 寅彦

アメリカ西海岸を思わせる風景をモチーフにし、屈託のない明るさを伝えるEIZINの作品。作者もまたその世界に魅了された一人であろうか。光と風の中の日々を振り返る作者の胸には、いとおしむ思いとそこはかとない哀愁とが交錯しているのかもしれない。「EIZIN」と「八十年代(エイティーズ)」が韻を踏んでいるのがピリッとおしゃれである。迷走は青春の特権、いや明日に立ち向かう心を失わない限りその者に与えられる特権とのつぶやきがこの一首から聞こえるような気がする。

行く鳥は空にさながら水脈曳きてわれは歳月の汀に佇てり  玉田 成子

作者の茫洋とした世界観にすいと引き込まれる歌である。鳥に投げかける眼差しも自身を捉える視線も、互いに作用しつつ大きな広がりを見せる。おおらかで魅力的な把握をそのまま受け止め浸っていたい。

簡単な手術なれども高齢の父また少し小さくなりぬ    安田 和代

お父様がペースメーカー交換の手術を受けられたとの歌が一連にある。また、卒寿を越えられてなおしっかりされているご様子がうかがえる歌もあり何よりだが、それでも術後のお父様は、作者には少し小さく感じられたのだ。父への愛といたわりに心打たれた。

伸ばす手の届きそうなる間近さのオリオン帰路の頭上に仰ぐ 後藤 恵子

冬の南天に輝く星座として有名なオリオン座は、季節が春へとめぐりゆくにつれ西の地平線近くへと位置を変えてゆく。中央に三つ星が並び、またリゲルとベテルギウスの2つの1等星を持つこの星座は見つけやすく、多くの人々に親しまれていよう。星がことに綺麗な夜だったのだろうか。作者にとっても心が安らぐ帰路であったに違いない。きっちりと手際よくまとめあげた表現が素晴らしいと感じた。

最近、一枚の名刺をいただいた。夫の幼馴染のSさんが、少し、はにかむようにして渡してくださった名刺には、ある地方公共団体の名があった。「僕が生まれて初めて持った名刺です。一生、名刺を持つことはないと思っていたけど。」そうなのだ。Sさんは束縛を嫌い、組織に属する生き方を拒否。若いころから世界を旅することに憧れ、そのためにアルバイトで資金を貯めては各国を旅する生き方を選んだ。そして、それぞれの地でさまざまの人と出会い、彼らが日本を訪れた際には、日本の各地を案内したりもしていた。京都での年越しを味わいたいというアメリカ人を連れて、我が家へ寄ってくれたこともある。けれど、そんなSさんの体に異変が起きたのだった。そこで、心配した彼の長兄が、故郷に職を用意して帰りを待ってくれているのだという。ちょっと痩せたようにも見えるSさんに夫は、「なあS。」と、いつものように呼びかけた。そして、「まあ、飲もう。あ、飲むのはまずいか。」と、さびしそうに笑った。Sさんは、「まあ、僕はまだまだ大丈夫だけどね。」と、一緒に笑ってくれた。

彼の初めての名刺は、大切に特別な場所にしまってある。

歌評(月2回更新)

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