2021年1月15日(雲嶋聆)

年が明けても、コロナは一向に収まる気配も見せず、通勤を除く県外移動自粛の閉塞感が漂っている。通勤での県外移動を許可するのであれば、それ以外での県外移動を制限しても、あまり意味が無いと思うのだが。
さて、結社誌は1月号から。

今迄は当たり前だと思いしがトラベル、イート難しい世に  松田美代子

当たり前だと思っていた旅行、外食が難しい世の中になったという、今だからこその感慨を詠んでいる一首だが、面白いと思ったのが、「イート」という語の選択。一時期、恐らく経済活性化の観点から言われた「Go To Eat」つまり外食推奨の「イート」だと思うが、「とても」を表す副詞「いと」が掛けられている。だから、とても難しいと、その難しさを強調してもいるのだ。「イート」の前の「トラベル」が同じく「Go To Travel」を連想させる語で、「イート」が一首の中で浮いてしまわないようにする働きをしている。

公園のアメリカ楓の並木道カラスが人を襲ひしと聞く  杉本容子

ヒッチコックの「鳥」ではないが、カラスは人を襲うことがあるのだ。昔、何かで読んだのだが、繁殖期のカラスは卵や雛を守るため、凶暴になるという。道行く人を襲ったり、通りすがりの他の生き物を攻撃したりするそうだ。そういえば、私も昔、就活の面接の帰り道、樹上のカラスにいきなり攻撃されたことがあった。体当たりといった感じで、追い払おうとするような感じだった覚えがある。この歌のカラスも、並木道で「人を襲ひし」というので、恐らく産卵期とかで気が立っており、警戒心も強くなっていたのだろう、並木道を行く人を巣の近くから追い払おうとしていたのかもしれない。

ひえびえとかたきやさしさありにけり駅舎の椅子に始発まで寝(い)ぬ  川野睦弘

優しさを形容するに「ひえびえと」や「かたき」という語を使っている点に興味を覚えた。上句でこんな感じの「やさしさ」です、何でしょうと謎をかけ、下句で「駅舎の椅子」でしたと解を提示する、短歌型式においてしばしば見られる構造をとっているが、「ありにけり」の是非が少し気になった。「やさしさ」という抽象的なものを「椅子」という具象的なものに接続するために必要だったとも考えられるし、二句切れにして下句の内容を膨らませた方がよかったのではないかとも考えられるし、何がいいのか、考えれば考えるほど色んな可能性があるように思われ、歌会などの場で1時間くらい議論になりそうな気がした。

川田順編著『戦国時代和歌集』というものを読んだ。昭和十八年に刊行されたものを平成二十九年に電子書籍として電子化されたものだ。細川幽斎や太田道灌など、武将としてだけでなく歌人としても優れた人物として後世の評価を得ている人だけでなく、豊臣秀吉や上杉謙信、武田勝頼などといった、武将として大名としての側面の強い人たちも面白い歌を残していて、不思議な感じがして興味深かった。

戦国時代は動乱の時代と呼ばれ、現代とは比較にならぬほど多くの人の命が奪われ、それも戦争だから合法的に奪われるという、時代としてはすこぶる荒んでいたはずだが、文学・芸術的な素養が軽視される現代に比べて、人の心は案外豊かだったのかもしれない。もっとも、これは心の豊かさを表しているのではなく、いつ殺されるともしれぬ緊張感を日常的に強いられていたからこその反動に過ぎないという考え方もできるわけだが。

最後に、何首か、この和歌集から印象に残った歌を引用してみたい。

心しらぬ人は何とも言はばいへ身をも惜まじ名をも惜まじ   明智光秀
風かよふ麓の野べの葛かづらうら葉の露に秋ぞ近づく     足利義尚
うたふ夜の暁ふかく声ふけて神代ながらの鈴の音かな     安宅冬康
もののふの鎧の袖をかたしきて枕にちかき初雁のこゑ     上杉謙信
我が心何のゆくへもわかねどもいざなはれぬる春の曙     太田道灌
よもすがらともす蛍の火も消えて池の真菰にはひかかりけり  大友宗麟
限りあれば吹かねど花は散るものを心みじかき春の山かぜ   蒲生氏郷
黒髪の乱れたる世ぞはてしなき思ひに消ゆる露の玉の緒    武田勝頼室
おぼろなる月もほのかに雲霞はれて行くへの西の山の端    武田勝頼
月に散るみぎりの庭の初雪を眺めしままにふくる夜半かな   豊臣秀吉
月こよひ音羽の山の音に聞く姥捨山の影も及ばじ       細川幽斎

歌評(月2回更新)

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