2011年5月15日(長谷川と茂古)
これからは私も嘘はつきません神様みんなを助けて下さい 小木曽允子
3月11日、津波被害の様子を報道で見た人は、「みんなを助けて」と願ったに違いない。「私も」というところが肝。
水漬きたる記憶はわれにもまざまざとありて被災地の映像に泣く 杉本容子
この記憶はおそらく1959年の伊勢湾台風か。名古屋市南部と桑名市が泥海と化し、死者・行方不明者は5101人であったという。映像を見て、「まざまざと」当時の記憶がよみがえった。
十の字に花芽はわれてあたらしきあしたのためのくれなゐ滲む 川野睦広
「十の字」から十字架を連想し、「あたらしきあした」への祈り、願いが込められているようだ。結句に、身を削がれるような痛みを感じる。
以上、「中部短歌」5月号より引いた。 続いて「短歌研究」5月号より。
プルトニウムまさに冥府王(プルート)暗黒の口開きしごと三号炉見ゆ 大塚寅彦
建屋が爆発する映像をみたときには、「終わった」と思うほどショックを受けた。「まさに冥府王」だ。3月28日号のAERAの表紙、「放射能がくる」もまだ記憶に新しい。
一塊のおのれに戻りただ歩く江戸東京の起伏のままに 三枝昴之
電車が止まってしまって、歩いて帰る。「ただ歩く」という行為から「一塊のおのれ」を認識。江戸期ゆかりの名前がついた坂の多い東京、普段は歩くことのない場所が新鮮に映る。と同時に東京の地形を、身体を通して実感した。「戻り」とある、本来の「おのれ」はただの「一塊」なんだという唯物論的展開が「起伏のまま」へ帰着する。淡々として心地よい。
連休、わたしは東北へ出かけた。常磐道、東北道には地震でできた段差がいくつもある。もちろん走行するのに支障はない。仙台市では、高速道路をはさんだ明と暗――緑が風に揺れて美しい田畑が広がる景色、反対に津波の後、ぼこぼこと泥が乾いて土色一色の海側。石巻市では、瓦礫のひと山ごとに「捜索済」の紙が貼られている。近くの工場に続く線路がぐにゃぐにゃ曲がり、コンテナはてんでに転がったままだった。言葉にならない。
迷い犬痩せて口より舌を出す 仕方ねえなとただ立っている 東 直子
東氏の新境地として「押し寄せたもの」一連を読んだ。