2016年11月1日(三枝 貞代)

庭の無花果が秋の陽ざしをいっぱい浴びて、次々と熟しはじめ毎日8個ほど収穫できるようになった。無花果は、さくろや葡萄と並んで世界的にもっとも古い果樹のひとつである。食用としているのは果肉ではなく、花托であり、そう意識してかじると優しい気持ちに包まれる。10月30日には創立九十四周年「短歌」全国大会が開催される。
今年も盛会であるようにと願っている。

まずは結社誌「短歌」10月号から。

尾の位置にデネブをしまひ風のなき夜を白鳥はしづかに渉る    吉田 光子

一読して雄大なロマンを感じ、魅かれた一首である。作者の見上げる夜空には、夏の代表的な星座のひとつである白鳥座が煌めいている。白鳥座は天の川の上に翼を広げ、北から南に向かって飛ぶような形をしている。南天の南十字星に対して、『北十字星』とも『ノーザンクロス』とも呼ばれ、ギリシャ神話ではいくつかの異なる神話が伝わっている。もっとも有名なのは、大神ゼウスが白鳥に化けたというもの。ゼウスはスパルタ王妃のレダ(レーダー)に恋し、白鳥に姿を変えて接近した。

デネブは白鳥座でもっとも明るい恒星で、全天21の1等星のひとつだ。白鳥の尾部、北十字の上部の端にある。

作者は風もない夜に見上げた白鳥座から、この神話に思いを馳せたのではないだろうか。白鳥に姿を変えた大神ゼウスが、密かにレダに逢いにゆくそのさまを、韻律美しく仕上げている。神話から発想し、今まさに白鳥が夜空を羽音も立てないで渉っているかのごとく、うたい上げられる力量、素晴らしいと思う。

ほとばしる母乳にむせぶみどり児のうんちも見事襁褓はみ出す   加藤すみ子

なんて微笑ましい光景であろう。生まれて間もない命から湧き出すエネルギー。作者はみどり児をよく見ている。ほとばしる母乳についていけず、むせてしまった一瞬を見逃さなかった。一首のなかで「むせぶ」という細やかな表現が効いている。飲みつつなのか、飲んだ後か、さっそくに襁褓からはみ出す立派なうんちをした。赤子には礼儀も、慎みもとんと関係ない。そんなみどり児に目を丸くしつつも、手をたたき感動すら覚えている作者の姿が見えるようだ。
母と赤子のかよい合う情愛が母乳を介して汲み取れ、「はみ出す」から生命力を感じることができる。技巧に頼らない率直な詠みが成功し、無垢なみどり児をストレートかつリアルに表現できていると思う。ほとばしるほどの母乳が出る母親も心身ともに健康そのものなのであろう。みどり児の健やかな成長を祈らずにはいられない。

じんせいにリセットなんて有り得ない臓腑に溜まる自我の重たさ  菊池  裕

生きるという意味を深く考えさせられる歌。この世に生を受けた瞬間から、必ず辿り着く最期の時まで歩き続けていくより他はない。作者は、リセットは有り得ないと断言している。人生は色んな場面で失敗してもやり直すことはできる。また挫折しても再出発することも、それは可能なことであろう。しかし歩いて来た時間の全てを元に戻し、最初からやり直すことは不可能なことなのだと詠んでいる。

なぜならば、年月を重ねてゆくほどに自我は確固たるものになってゆき、それは到底捨て去ることの出来ないものである。苦しくともそれが生きている証だと、作者は自分に言い聞かせているように思われる。臓腑に溜まると詠んでいるため、自我の重たさを詠み手に想像させる。裡に抱えた苦悩、また自己の内面に迫った、読み応えのある一首である。

次に八月に刊行された会員の山崎賀津子さんの第一歌集『エンドレスドラマ』を紹介したい。帯と解説は代表の大塚寅彦氏が寄せている。三十年余りの歌歴のある山崎賀津子さんの歌集を手にすることが出来、大変光栄に思っている。気さくで優しいお人柄がにじみ出て、気どりのない歌風に親しみを覚えた。また一方では社会に対し彼女なりの明確な視線を持ち合わせていて、はっとする時事詠に接することも出来た。田舎暮らしの私には、都市に暮らす作者の日常詠は新鮮であり、その切り取り方に学ぶものが多かった。歌集『エンドレスドラマ』を、もう一度味読したいと思う。

電気店の薄型テレビの映し出すエンドレスドラマの男と女
シースルーエレヴェ―ター見上げ透けて行く吾の身ならん立ちくらみつつ
初対面の出会いのごとく夫と娘のバージンロード一歩と一歩
占い師三人(みたり)がブースに客を待つ影ある顔にすがりてみよか
桜咲く下を駆けつつ市議選の女性候補は笑み散らし行く

一首目、集名『エンドレスドラマ』はこの歌から付けられた。男女の愛の希薄さを、
薄型という表現のなかに込めているように思う。二首目、透明の箱のエレヴェターを目
で追って見上げているときの感覚が上手く詠まれている。共感できる一首である。
三首目、妻として母としてふたりに注ぐ眼差しがまことに優しい。結句の「一歩と一歩」
に抒情がある。四首目、三人のなかで、影のある占い師が親身になってくれそうだと考
える作者の発想がユニークである。五首目、満開の桜の下を立候補者の女性が笑顔で手
を振り訴えて行く。笑み散らすというのがこの一首の眼目であろう。

続いて総合誌は角川「短歌」11月号より。

第六十二回角川短歌賞が発表され、今年は二作同時受賞となっている。私は受賞作品
よりも佳作に選ばれた清水良郎(塔・愛知県在住)の50首「調教助手」に魅かれた。
選者は小池光、島田修三、米川千嘉子、東直子の四名である。調教助手には、島田修
三以外の三名が〇を付けている。作者の馬へ寄せる愛着、丁寧に描写された馬の景、そ
して仕事への誇りが胸に沁みて来た一連である。

第四コーナーを曲るあたりの夏芝に捩花ひとつ踏まれずにあり
ぽつぽつと厩が空になってゆき歯形のついた棚の横棒
いつ見ても可愛いと思ふ後足で自分の耳を掻いてゐる仔馬
あかあかと競馬コースに咲き満ちて蹄鉄照らす曼殊沙華なり

最後になってしまい申し訳ないが、堀田季何さんの歌集『惑亂』が日本歌人クラブ
東京ブロック優良歌集賞を受賞された。また、短歌研究10月号の誌上では、現代短歌
評論賞の候補作に、雲嶋玲さんの「〈共苦〉する現代の巫女」、鷺沢朱理さんの「菓子詠
の戦後史」が上がった。堀田さん、雲嶋さん、鷺沢さん、心からお祝い申しあげます。ますますのご活躍を祈念いたしております。

歌評(月2回更新)

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