2015年4月15日(長谷川径子)
「短歌」巻頭の四月のうた
かのひとは春の過客にすぎざらむ来りて花の蔭にたたずむ
春日井 建 「青葦」
さくらが咲いて散っていった。待つ時間、見送る時間、花の蔭にたたずむ時間、足早に季がすぎてゆく。
[中部短歌4月号より]
長い長い道程(みちのり)たつた 僕らにも葛(つづら)折(をり)つてあつたつけ、ん?
あの夢の橋渡つて行かうよもう一度噫(おくび)出るまで林檎食べよう
水上 令夫
境涯詠であろうが、やわらかく若々しいうたい方である。
あつたつけ、ん?
噫出るまで林檎食べよう なんと楽しげに響くことか。
作者には
俄(にわ)しくも引きゆきしのち陸(くぬが)をば舐(ねず)らんとして海面(うみづら)撓(とを)寄る
の巧みな歌もある。
独り居に追儺の豆を撒きてをり裡に住みゐむ小鬼のために
渡邊 信子
裡に小鬼が住んでいるという、独り暮らしではなく、鬼さんとの暮らしはいかがか。きっと退屈はしないだろう。
伸びやかな声にこころを溶かすなりにっこりにっこり午後もにっこり
青木 久子
にっこりが3回もでてくるが、それが音楽のようにリズミカルで心地よい。
尾白鷲いづこへ昇らむ嘴に石斑魚(うぐひ)の半身はみ出せるまま
伊神 華子
湿原の尾白鷲の狩り、銜えられた石斑魚の半身が鮮やかである。
歌集[白木(ピケット)柵(フェンス)の街] より
青山 汀
青山さんはカルフォルニア在住の中部短歌同人。
古谷智子さんの跋文に
「春日井建先生の歌に感動して、中部短歌に入会されたとのことだ。
青山さん宛の春日井建直筆のメモのコピーを送ってもらったことがある。
「青山さんの歌境、独自のものがあり楽しみにしています。私の好きな歌空間でも
あります。期待してます。春日井建」という一筆箋に書かれた短い手紙だった。
本格的に歌に取り組もうとする青山さんに、この手紙はどんなに強くこころに響いたことだろう。」
とある。
ほんのりと菩薩の微笑(ゑ)みのさざなみに鴨の母子がほのほのと泛く
のぼりくる樹海の月は魂の皓くなるまで照りきはまれり
「EAT(たべよ)」とふ簡素なサイン出す店に灯火(あかり)が点きてトラック並ぶ
砂漠地の夜の気配をひきしめて潅木(ジョシュア)の影はいよよ濃くなる
めくるめく炎のごとき朝焼けに異土は寂しも身震ふほどに
冷気さすノルマンディは霧深し波の穂に顕つ六月の死者
トラックの荷台いつぱい月の光 曲がり角にてゆはりと落ちる
一筋の光となりて遡(のぼ)りゆくシューベルトの「鱒」春の木洩れ日
水皺の明るき面にゆれながら水車のやうに潜りゆく鳥
ユトリロの白き鬱もて立てる樹々白樺冷えて湖にゆらぎつ
がらんどうのアトリエの底にひつそりと歪んだ壺が月を観てゐる
望郷の念は断てりと想ひしも折にせつなし「荒城の月」
濃き彩に南の国に花群れて心にひとつ白菊を置く
冬浅き林の奥の道ゆけば通りて間なき馬の匂ひす
しなやかに少女が馬を駆りゆけり白木(ピケット)柵(フェンス)の山道(トレイル)踏みて