2011年9月1日(大沢優子)

八月、NHK短歌「うた人のことば」のコーナーに、春日井建先生の映像が流れた。自作の歌について語られる、先生の柔らかい声に、ありし日の時間がいきいきと甦る気がした。

〔先ずは、中部短歌会結社誌8月号より〕

燃え尽きてなほ冷やすべし原子力(はらこつとむ)と極めゆく<Bad Romance> 長谷川と茂古

驚愕のルビ「はらこつとむ」である。ある歌会で、岡井隆がこの歌を「不謹慎と思われるかもしれないが、原発事故も一定の時間を過ぎて、表現の冒険が生れて当然」と、面白がった。もっとも、Lady GaGaの<Bad Romance>は、 想定外のようであったが。

出逢い系サイトのメールに嵌まる男孫(まご)軽き情緒障害をもつ 五十嵐喜久代

弱者を狙う犯罪はあとを絶たない。思いがけぬ事態の外周を、淡々と詠みながら、伝えたいことは十全に伝わる。

時々思うのだが、事件の渦中にある犯罪者自身が、発覚する以前に、歌を詠むことはないのだろうか?悪人が主人公であるのは、小説にのみ可能で、結局、作中主体と作者が接近している抒情詩には、馴染まないものなのであろう。

頭の中で五珠(ごだま)、一珠はじきおり脳をせっつくローテクのゆび 中山哲也

簡単な計算でも携帯の電卓に頼るようになり、暗算能力はすっかり退化した。しかしこの歌の作者の頭には、何と懐かしい五珠の算盤が浮ぶらしい。最先端と称する技術への信頼がゆらぎつつある現在、ローこそ立派なテクノロジー、せっつき続けてほしい。

〔総合誌は「短歌研究」9月号、短歌研究新人賞受賞作、および候補作より〕

さっぱりとしたから二度とふれないで 洗剤薫るぬいぐるみの猫 馬場めぐみ

凍らせたまま捨てた古い挽肉が腐っていたかは知るすべもなく 同

受賞作三十首のうち、否定の言葉を含む歌が十五首。否定を通して、世界を感受しているようだ。そこから、洗ったり、こすったり、掃除機をかけたりと、浄化行為によって自己の居場所を取り戻そうとする意思がみえる。

その夏、沖の向こうに原発ができ、僕たちはその場所を「第2ハワイ」と名付けた。 藤沢賢二

黒板に書かれた文字を見上げれば、〝真実〟とは左右対称であることを知る。 同

三十年前、大分県の海沿いの町の少年時代、遠望する原発もハワイのような明るいリゾート風景と眺められた時代に始まり、時代の推移を、転校生真実ちゃんの転落を絡め、ストーリー性のある作品に仕立てていて、面白く読んだ。

歌評(月2回更新)

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