2019年7月1日(川野睦弘)

まず、大塚寅彦代表の2019年7月号詠草「忘れねばこそ」5首を…

もちづきの裏に今なほ棲む説の忘れねばこそ生き継ぐナチス
掲げつつ継走なすはヒトラーの世より 〈聖火〉の聖性は何
鉤十字永久に廻れる火のつるぎならずや今は何護りゐる
ヒトラーを真似せし髭のまづ冷えて近衛臥したり極月の死に
異星人追ふヴァチカンの望遠鏡〈ルシファー〉といふその名なにゆゑ

一首目は、ドイツ・ナチスの残党が月に移住し、地球への報復を企てるというSF映画『アイアンスカイ』がモチーフか。単なる映画からの引き写しに終っていないのは、後世の人びとがナチスを忘れないかぎり、その思想・幻影もまた生きつづける、という作者の見解が下の句にこめられているからだとおもう。

二首目。夏季オリンピックの恒例となっている聖火リレーは、1936年ベルリンオリンピックからはじまった。ギリシャで採火し、ベルリンのオリンピック会場まで運ぶ行為には、ゲルマン民族の〈聖性〉を誇示する意図があったらしい。

三首目。国家あるいは民族の聖性を信ずる人びとが居るかぎり、未来のはてまでHakenkreuzは彼らを護りつづけるだろう。

四首目。1945年12月16日、当時54歳の近衛文麿は服毒による死を遂げた。〈極月〉は12月の別名で、一連一首目の〈もちづき〉と呼応する。

ベルリンオリンピックの翌年1937年、日本では近衛文麿が内閣総理大臣に就任した。当初は清新なイメージにより大衆にあつく支持されたそうだが、首相就任直前、某所でひらかれた仮装パーティに、近衛文麿はヒトラーもどきのチョビひげをつけて出席した。その写真はウェブで閲覧できるが、ナチス総統よろしくなでつけた髪型は、あるいはカツラか。

五首目。これもまたトンデモ本的な歌だが、ヴァチカン教皇庁内では永く悪魔崇拝が行われているとのこと。ダンテの『神曲』にゴキブリの化身めいて登場するルシファーこそサタンである。

おなじ7月号から、気になった歌をいくつかあげてみよう。

夫と来て歌と光と物凄き大音量のロックに出会ふ 佐野美恵

昨年公開され、日本でも大ヒットした映画『ボヘミアンラプソディー』にまつわる詠草ではあるのだが、よく読むと、1985年7月13日にロンドンのウェンブリースタジアムで行われたライヴ・エイドに御主人と参戦されたようなのだ。特集欄10首一連の〈地の軸に明かりの灯る地球儀を回しゐたればロンドンの顕つ〉というはじまりかたも、にくい。

納棺に間に合せたしと『朝の水』捧げし押田氏の手は震へゐき 村井佐枝子

「あの日のこと」8首一連から。〈あの日〉とは、2004年5月に亡くなった春日井建の告別式(本葬)当日であろう。〈押田氏〉は、当時の短歌研究社の編集者・押田晶子氏である。告別式の模様を的確にスケッチした幾首も心に残るものであり、生前の建先生を知る者としては、3首目の〈体力を奪ひゆく病根を畏れつつ目守りし長円寺の本部歌会に〉という歌に、たまらないなつかしさをおぼえる。

歌評(月2回更新)

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