2013年9月1日(吉田光子)

「だって、あの人はレモン<檸檬>って漢字で書けるのよ。」

若くして逝った夏目雅子は、生前、恋人に惹かれた理由をそう語ったそうだ。難しい字をさらりと書いてみせるのは確かにかっこいい。今は、「薔薇」、「憂鬱」、「麒麟」などややこしい漢字でも、パソコンなどの変換機能で何となく表記できるようにはなったが、それに比例して書く力が衰えたことは否めまい。歌を詠むにあたって、漢字表記にするか、かな表記にするか、こだわる人も多かろう。たとえば、「みかん」だと手のひらに置いた柔らかな感触だが、「蜜柑」だと甘味たっぷりでむっちりと手ごたえが感じられる。漢字はそれぞれ意味をもっているので、なにかしら情感を漂わせるのだろう。

私は、秋になるといろんなものを漢字で書きたくなる。静かなふくらみをもつ澄んだ光が、そうさせるのだろうか。「仏蘭西」、「西班牙」、「欧羅巴」など国名、地名も漢字で書くと旅情にあふれてくるような気がして、どんなに素敵なところだろうとまだ見ぬ場所を想うのだ。

さて、結社誌「短歌」9月号より

夏の陽の我の周りに丸く在る影を畳みて駅に入りゆく   仙田まゆみ

パラソルを閉じて駅に入っていく様子が丁寧に詠われている。夏の昼間だろうか。影を長く曳いているのではない。陽は頭上にあり、パラソルの影は「我の周りに丸く在る」のである。駅に入る作者はパラソルを閉じたとき無意識のうちに背筋を伸ばしたかもしれない。傘は強い陽射しから作者を守ると同時に、行きかう人々の視線をやわらかく遮ってくれていた。パラソルを閉じてあらわになった自分。パラソルを畳むと同時に自身の影も駅構内に溶け込んで作者はもう影を従えてはいない。畳まれた影はパラソルと作者両方なのだ。畳まれた自身の影には作者しか知らぬ姿が匿われてもいよう。もう、100パーセント無防備な素の自分ではないのである。人中に踏み出すときの少しばかり改まった呼吸が感じられる作品である。

三日月に糸架けられぬ蜘蛛悄然と暮れゆく空を見送りをりぬ    林 瑞人

半月がだれにもきづかれないやうにうす青空にとけこんでゐる    同

一首目、不思議な魅力をたたえた歌だ。蜘蛛は作者の投影であり、三日月は憧れの象徴だろうか。暮れなずむ空をただ見ているしかないという切なさが痛々しい。そして、まだ明るさの残る夏の空の上弦の月を詠んだ二首目にも、はかなさ、寂しさが滲む。月は太古の昔から人々に深くかかわり、傷ついた魂を慰め包んでくれた。自らは輝くことはできない月は、「だれにもきづかれないやうに」空に「とけこんでゐる」ととらえた作者。ひっそりと美しい表現にみずみずしい感性がほとばしるようだ。

景福宮の広き庭より眺めをり蒼き瓦の大統領府   大田浩子

景福宮は、韓国李王朝時代の正宮。政治の拠点となったところであり、また王の生活の場でもあった。さまざまな思惑が交差して、栄光と権力を求め権謀術数が繰り広げられた舞台でもある。広大な敷地からは、現在の政治の中枢を担う韓国大統領府が後方に見える。情景をたんたんと詠いながら、ドラマチックな歴史の流れへと思いをいざなう広がりをもった一首といえよう。

歌にもあるように、韓国大統領府の屋根には青い瓦が葺かれている。これに因んで青瓦台と呼ばれることが多く、アメリカ大統領官邸のホワイトハウスに対し、ブルーハウスと呼ばれることも。他にも、フランスの「エリゼ宮」、イギリスの「ダウニング街10番地」あるいは「ナンバー10」など、愛称を持つ官邸は多い。日本の総理大臣官邸は、特にこのような呼称をもたないが、官邸という固有名詞をそのまま横文字にした「kantei」が、海外プレス向けに発信されていると聞く。どろどろした印象の「永田町」よりは…まあいいのかな…。

次に、「短歌研究」9月号に紹介されている「短歌研究新人賞」の受賞作、候補作から取り上げたい。

触ってはいけないものばかりなのに博物館で会はうだなんて   山木礼子

てのひらの記憶をしんと眠らせて土器は土へとかへらずにゐる   同

目覚めればきみのあしたはけふの日の遺跡のなかではじまるだらう   同

♯〈ハッシュタグ〉とは一文字の野心ですずらっと並べて網戸のむこう  伊舎堂仁

ゆっくりと歩みは果てて認知症病棟の夜はやわらかくなる   高橋徹平

風の音のような微かな返事して母は自ら入所を決める   同

星の灯を束ねる羊飼いのよう病の母のことばをつなぐ   同

今落ちた涙は母が生きていた昨日の水かもしれない 夕空   同

「短歌研究新人賞」の受賞作は、博物館に行った日の一連。山木氏の伸びやかでたくましささえちらりと見える歌が並ぶ。「きみのあしたはけふの日の遺跡のなかではじまる」と、しっかり博物館に収斂させる手際が鮮やかである。

伊舎氏は、網戸の網目に♯記号を見つけて歌にしている。ツィッターで用いられるハッシュタグ機能をふまえて「一文字の野心」としたのが乱暴だが面白い。他にも、ルビを用いてふたつの事象を共鳴させながら一首にしあげようとした挑戦が興味深かった。

認知症の母を看取る日々を、詩情あふれる時空間に昇華させた高橋氏の歌に、私はとても心惹かれた。よほどの優しさがないと、この歌世界は紡ぎ出せないのではなかろうか。そして、 こうした静かな美しい世界に詠みあげることが、介護のつらさから氏を救ったのかもしれないと、ふと、思ったりもした。

歌評(月2回更新)

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