2012年1月1日(長谷川と茂古)

あけまして、おめでとうございます。

今年は、辰年。五行の土気であるから、さまざまな事が移ろう変わり目の年、ということになろうか。

さて、結社誌は12月号から。

バックして道をゆずらんすれちがいに警笛鳴らし心通わす 板津恵美子

一台ずつしか通れないような細い道。対向車が来て、作者の方がすれ違える少し広いところまで下がった。通りすぎるとき、「ありがとう」の気持ちで軽く警笛を鳴らした相手、「どういたしまして」と作者も鳴らす。ドライバーたちは、クラクションやランプを使って、コミュニケ―ションをとる。「ありがとう」のハザード、「お先にどうぞ」のさっとハイビーム。考えてみると、見知らぬ人、ともすると車種しかわからない見えない相手と会話が成立するというのは、不思議な感じがする。

猫の足が梅花模様の跡付けて家の廊下をてんてん歩む 喜多喜代司

外のどこを歩いてきたのだろう。汚れたまま帰った猫の足跡を廊下にみつけた。「てんてん」が楽しい。わたしは、車のボンネットに猫の足跡を見つけることが、たまにある。花模様のようで、そのままにしておくのだが、梅の花とは新春らしい。

湯の満ちて化けることなき湯湯婆や寝床にありし昔なつかし 大塚 寅彦
暖簾なる〈ゆ〉の赤き字がゆらゆらと手招きしをり古き町の湯    同

宮崎駿の映画『千と千尋の神隠し』に登場したのは湯婆婆(ゆばーば)であるが、こちらは、湯湯婆(ゆたんぽ)である。寝る時間から逆算し、ゆたんぽを寝床に入れてくれる母のおかげで、布団にはいると足元が暖かい。有り難いなあ。そんな冬の夜を思い出した一首目。「湯」つながりで、次の銭湯、もしくは温泉だろうか、暖簾の「ゆ」の歌へと続くユーモアが、作者らしい。

変わって「短歌往来」1月号から、

歴史とは人間がその歴史から学ばなかったという歴史だ 松木 秀
とろ~りやあたたか~いの「~」の部分によって人間は太りゆくのだ 同

連作「死の要素含む雑詠十三首」より。歴史とは、国や民族の興亡に関わる争いの歴史でもある。「歴史は繰り返す」などとよく耳にするが、まさに「歴史から学ばなかった」ということだ。缶コーヒーのCMに〈このろくでもない、素晴らしき世界〉というキャッチコピーがある。次の歌の「~」は、人間の感覚からくるもの。この感覚の豊かさによって、〈このろくでもない、素晴らしき世界〉は生まれ、「人間は太りゆく」。そして、歴史は繰り返す。嗚呼。確かに、そうなんだけれども。だからこそなのだろう、新年がくるたびに祈らずにはいられない。どうぞ、良い年となりますように。

歌評(月2回更新)

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