2011年6月15日(長谷川径子)
『中部短歌』6月号と、『歌壇』6月号より
『短歌』より
若き日も若からぬ今日もかなたよりだれか私を呼びやまぬ声す 稲葉京子
静謐な歌である。人は一世をだれかの声に呼ばれて生きるのかもしれない。
言ひ遺すことはどうでもよくなりて大災害後を火照る足裏 斎藤すみ子
きっちりと、自分を律して生きておられる日々が、人智を越えたところで変化する。「どうでもよくなりて」にこころの吐露が見られる。
冬の日に芽をはぐくみしけやきらよ語りたきこと聴いてはくれぬか
人間のたわむれ言を聴くなどとできずと汝は言うかもしれず 海野灯星
樹に話しかけ樹の返事を詠っている。この純粋さ、てらいのなさが清々しい。
身のうちのひとすぢの線けばだちてひたに墨磨るふかき夜なり 長谷川と茂古
巧みな歌である。都会的な硬質な歌を詠う作家であるが、伝統的な歌も味わい深い。
春の闇深まる町を濡らす雨古伊万里小皿の藍に見惚れる 山田峯夫
古伊万里小皿の韻律のよさ、藍の美しさに見惚れるの見惚れるが言い得ている。
米寿にと受けし地球儀嬉しくて暫し廻しぬ世界の国を 林すみ子
米寿のプレゼントの地球儀がいい。童女のように廻す作者が見えてくる。
『歌壇』]より
子どもらは遠くへ逃げてパパたちが今日からランドセルで出勤 穂村 弘
震災のテーマであるが、穂村ワールドはゆるがない。言いたいことは、箱の中に容れてある。箱を開けられる人は中身が分かる。開けられなくても、きれいな箱がすてきだ。
『追悼・石田比呂志』
樹樹の影朝光に強く伸びてゐて信ずる勇気を信ずる勇気を
当然の位置の如くに積まれゆく赤き煉瓦の自信を愛す
生業はかくも美しきか如月の豆腐を水より掬いているも
あらこれは楤の芽かしら天麩羅を箸にはさめば外は雨の音
天国は天気がよいと呼ぶけれど地獄は仲間が多いから好き
今日もまた競輪ですか電線の雀が口をそろえて言えり
水底を見て来し一羽浮上せり日は玲瓏としてまだ高し